竹内結子の家族構成・子供は?旦那との馴れ初めも調査

日本を代表する女優として、確固たる地位を築き上げた竹内結子。

10代で芸能界入りしてから、これまで数々のドラマや映画に出演し、日本アカデミー賞主演女優賞の受賞歴もある実力派女優です。

 

シリアスな演技からコミカルな役柄まで幅広くこなす演技力をもつ一方で、バラエティ番組などではノリが良く気さくなキャラクターでもあったことから、老若男女から人気を集めてきました。

私生活では2度の結婚や出産などでも注目されました。

今回は竹内結子の生い立ちや、これまでの結婚歴、子どもについてまとめました!

竹内結子の家族構成


竹内結子の家族構成は父親、母親、2人の姉がいる5人家族です。

2人の姉は6歳年上と2歳年上で、竹内結子は3姉妹の末っ子として育ちました。

竹内結子の実家はどこ?

竹内結子の実家は埼玉県浦和市です。

父親は転勤が多く、埼玉県内で何度も引越しをしてきたそうです。

実家はハムカツ屋?

ネット上では「竹内結子の実家はハムカツ屋ではないか」という噂されています。

テレビ番組でお土産として実家のハムカツを紹介していた」「出演映画で実家のハムカツを提供していた」など、実家がハムカツ屋だというエピソードが多くあることから、そのように噂されているようです。

 

しかし「転勤が多く何度も引越しをした」ということから考えると、飲食店を経営する家庭が何度も引越しをするとは考えにくいですよね。

実際に竹内結子が「実家がハムカツ屋」と発言する動画を見つけることはできませんでした。

転勤の多い仕事を経て、父親がハムカツ屋に転職したことも考えられますが、決定的な情報がないため、実家が本当にハムカツ屋だったかどうかは不明です。

越谷レイクタウンでの目撃情報

竹内結子は、越谷レイクタウンや新越谷駅周辺での目撃情報がたくさんあります。

実際にSNSでも「越谷レイクタウンの公園の真横に、竹内結子の実家の豪邸がある」ととても具体的な情報が出回っており、越谷レイクタウンに竹内結子の実家があることは有名な話のようです。

竹内結子は芸能活動中に実家で過ごしていた時期があり、そのころに近所に住む人々から目撃されたものだと思われます。

竹内結子の生い立ち

竹内結子は両親から、厳しくしつけられて育ってきたといいます。

父親は典型的な昭和の人間で、子ども相手でも容赦なく拳が飛んできたそうです。

活発でお転婆な性格だったという竹内結子は、幼少期によく父親から叱られたり殴られたりしていたのだとか。

母親との別れ

母親は、子どものために素材に拘った食材を揃えて料理をするような、家族想いの優しい女性でした。

しかし竹内結子が中学2年生のころ、母親が癌になってしまいます。

3姉妹は心配して必死に看病しますが、「泣いても状況は変わらないのよ」と、母親は気持ちを強く持つように子どもたちに言い聞かせます。

看病むなしく、残念ながら母親は40歳という若さでこの世を去りました。

竹内結子は母親の死後も、周囲には気丈に振る舞っていたといいます。

父親の再婚

母親が亡くなった翌年に父親は再婚します。

再婚相手の女性には3人の息子がいたため、父親の再婚後は6人兄弟になりました。

新しい母親とその子どもたちと一緒に暮らすことになった竹内結子は、気持ちがついていかず息の詰まるような日々を送っていたそうです。

 

19歳の頃に発売された、『サーフ・スプラッシュ』という小説の中で、「父に人生を好きに生きてくれたらいいと思っていた」「連れ子(自分)という荷物がいることを面倒に感じられたくなかった」と、当時の複雑な思いを綴っていました。

まだ中学生の竹内結子にとって、大好きな母親を失った悲しみは大きなものだったと想像できます。

気持ちの整理がつかないうちに、新しい母親や兄弟と一緒に住むことは、彼女にとって受け入れにくい現実だったのではないでしょうか。

竹内結子は自身の生い立ちについて「複雑な家庭で育った」と話すこともあったそうです。

竹内結子の子供時代

竹内結子の小学生のころ、突然家出をしたことがあったそうです。

何かきっかけがあったわけではなく、漠然と「自分はここにいちゃいけないんだ!」と何も持たずに家を飛び出したのだとか。

しかしどんどん心細くなって半泣きで歩いていたところ、近所の人に遭遇して家出は失敗に終わったそうです。

思い立ったら勢いで行動してしまう、まさにお転婆で活発な性格であることがわかるエピソードですよね。

 

また、小学校を転校する前のお別れ会で、楠田枝里子のモノマネを披露してクラス中を笑わせたという話もありました。

新しい地に引越しと転校を繰り返すということは、幼い小学生にとって不安が大きいことだと思いますが、持ち前の明るさでクラスでも人気者だったそうです。

竹内結子が女優になったきっかけ

中学を卒業してすぐの春、竹内結子は原宿でスカウトされました。

スカウト後は姉から「やりたいことがなければやってみたら」という一言が後押しとなって芸能界入りし、大手芸能事務所のスターダストプロモーションに所属することになります。

母親を亡くしたばかりで寂しさや悲しみは癒えていませんでしたが、スカウトされた当時のことを「自分が必要とされることがただうれしかった」と振り返っています。

父親から芸能活動は反対されていたそうですが、竹内結子は「私には帰る場所がないから、この世界で頑張りたい」と周囲に話していたそうです。

竹内結子のデビュー作


竹内結子は、1995年に大蔵省(現財務省)のCMでデビューします。

その後、1996年に『新・木曜の怪談 Cyborg』のヒロイン役でテレビドラマデビュー、1998年には映画デビューを果たします。

竹内結子の映画デビュー作は、あの有名ホラー映画の『リング』でした。

 

スカウトされてからすぐにCMデビューし、初めてのドラマ出演もヒロイン役と、事務所からの期待も大きかったことがわかりますよね。

デビューした15歳から25歳までの間は毎年テレビドラマに出演しており、その役のほとんどが主演かヒロインを演じてきました。

竹内結子の旦那


竹内結子は2005年に歌舞伎役者の中村獅童と結婚を発表します。

同時に妊娠していることも公表して同年に男の子を出産しましたが、2008年に離婚しました。

そして2019年に4歳年下の俳優、中林大樹と再婚し、2021年に男の子が誕生しています。

中村獅童との馴れ初め

中村獅童とは2004年10月に公開された映画、『いま、会いにゆきます』で共演したことがきっかけで出会いました。

もともと中村獅童は竹内結子の大ファンでもあり、撮影中は積極的にアプローチしていたという話もあります。

 

2人の出会いとされる映画が撮影された時期は2004年7月ごろといわれており、撮影中に交際がスタートしました。

結婚会見で中村獅童は、「出会ってすぐにいい人だな、と。2004年9月くらいには結婚したいと思っていた」と語り、早い段階で結婚を意識した交際であったことがわかります。

出会いから約11か月後の2005年6月に結婚発表しているため、スピード婚とも言われていました。

中村獅童と離婚した理由

結婚からわずか3年後の2008年2月に、竹内結子と中村獅童は離婚しています。

離婚のきっかけとなる大きな理由は、中村獅童の浮気と言われています。

飲酒運転で発覚した浮気


2006年7月、中村獅童は酒気帯び運転と信号無視で検挙されました。

有名俳優の不祥事は、当時ニュースでも大きく取り上げられました。

そして中村獅童が運転していた車の助手席に女性が座っていたことも明らかになり、その女性が誰だったのか世間から注目されることになります。

 

中村獅童は謝罪会見で、同乗していた女性について「よく集まる6、7人の中の1人で、妻も知っている方」「同乗していた女性は女優ではなく一般人」と説明していました。

しかし謝罪会見後に、同乗者はかつての交際相手でもある女優の岡本綾だったことがわかります。

謝罪会見では「妻公認の友人」ともとれる説明がされていましたが、実際は元カノだったという衝撃的な事実が明らかになり、世間からは中村獅童と岡本綾に厳しい目が向けられ、バッシングされる結果となりました。

 

バッシングされている最中にたて続けて、女優の高岡早紀と深夜にデートしていたことが週刊誌によって報じられます。

このことで竹内結子と中村獅童の離婚は決定的なものと思われました。

浮気発覚後、竹内結子は幼い子どもを連れて家をでて、2006年11月には離婚協議がはじまります。

中村獅童の浮気は離婚の決定打になりましたが、実は浮気する以前から離婚の予兆があったそうです。

梨園の妻としての務めを拒んだ

歌舞伎役者の中村獅童との間に産まれた息子は、必然的に歌舞伎役者の道を辿るものだと思われていました。

また一般的な歌舞伎役者の妻は、これまでの自分の仕事は全て辞めて、夫の公演に同行して来客に挨拶周りをしたり、その傍ら跡取りとなる息子の稽古へ付き添うなど、家族を第一優先にするものと言われています。

しかし竹内結子は、中村獅童と結婚後も女優を辞めることはありませんでした。

そして第一子が産まれた際も、息子を歌舞伎役者にすることを拒否していたといいます。

 

このことから、義理の母親である小川陽子と竹内結子の関係は良いものではなかったようです。

竹内結子は中村獅童の公演に一度も同行したことはなく、梨園の妻としての務めを果たさない竹内結子と義母の小川陽子の間には確執が生じていました。

中村獅童の浮気発覚からすぐに離婚協議が開始したことからも、もともとの嫁姑問題で竹内結子の気持ちが離婚に向かっていたようにも感じさせます。

 

離婚に向けた話し合いでは、孫を歌舞伎役者にしたい義母との間で1年以上に渡り親権が争われる結果となりました。

その後、中村獅童に慰謝料や養育費などは請求せず、竹内結子が親権を持つことで決着がつきました。

中林大樹との馴れ初め


2019年に再婚した中林大樹とは、竹内結子が主演を務めた2009年に公開された映画『ジェネラル・ルージュの凱旋』で共演したことをきっかけに知り合いました。

同じ所属事務所の先輩後輩の関係でもあり、いつしか交際関係に発展していきました。

交際中は週刊誌によって仲睦まじく焼き鳥デートしていたこともスクープされ、大女優と名が知れていない俳優ということで「格差カップル」とも言われていました。

長男が再婚へ後押し

交際中は、竹内結子の長男とも良い関係を築いてきました。

長男のテストが近くなると勉強を教えてあげたり、好きなスイーツを手土産に欠かさず持っていったりと、頼もしいお兄さんとして慕われる存在だったそうです。

そして長男が、「3人一緒になればこれから楽しくなるね」と話してくれたことが、再婚への後押しとなったことが、結婚発表時に明かされています。

竹内結子の子供は何人?

竹内結子は中村獅童との間に息子が1人います。

結婚を発表したときには既に妊娠3か月であり、授かり婚だったということがわかります。

そして再婚した中林大樹との間にも2019年に息子が1人誕生しており、竹内結子には2人の息子がいます。

竹内結子の子供の名前は?

竹内結子の長男で、中村獅童との間に産まれた子どもは「太郎」くんという名前だそうです。

現在は再婚相手の中林大樹の名字となり、「中林太郎」くんになりました。

中林大樹との間に産まれた次男の名前は明らかになっていません。

竹内結子の子供の年齢は?

長男の太郎くんは2005年11月生まれなので現在15歳です。

次男は2020年1月に生まれており、現在1歳11か月です。(どちらも2021年12月時点)

長男出産時の竹内結子の年齢は25歳、次男出産時は39歳で、兄弟の年の差は14歳ととても離れています。

竹内結子の子供の学校はどこ?

長男の太郎くんは現在中学生で、超難関私立校と言われる青山学院中等部に在学中です。

偏差値は60~70で倍率も相当高いと言われており、入学するためには並々ならぬ努力が必要と言われています。

教育熱心な一面も

竹内結子は女優業で多忙を極める中、教育にとても力を入れていたそうです。

太郎くんが幼いころから、個人指導のプロと呼ばれる人から勉強を教わったり、紹介者がいないと入れない人気の個人塾にも通わせていたことがわかっています。

 

また、青山学院には江口洋介や篠原涼子の子どもなども通学していると言われています。

多くの芸能人の子どもが通学していることもあり、学校のセキュリティが整っていることも通学させる上で安心と人気なのだそうです。

次男は現在保育園に通っているのかなどは不明です。

これから大きくなるにつれて、次男に関する情報も表にでてくるかもしれませんね。

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