松下洸平の生い立ちは母子家庭で家族構成は3人?実家は八王子?

2019年放送のNHK連続テレビ小説『スカーレット』に出演した、俳優の松下洸平。

ヒロインの相手役である八郎を演じて一躍注目を集め、ネットでは「八郎にどっぷりハマっている」という意味の「八郎沼」という言葉が誕生するほど。

「八郎沼」はたちまちSNS上でトレンドになり、社会現象を巻き起こしました。

 

『スカーレット』で人気を集めた松下洸平は、その後多くのCMやバラエティ番組に出演。

雑誌『ダ・ヴィンチ』では初のエッセイ連載がスタートし、朝のニュース番組『ZIP』では月替わりパーソナリティーにも抜擢されるなど、瞬く間に活躍の場を広げています。

 

ブレイク時には既に32歳と遅咲きであったことから、下積み時代には様々な苦労をしてきた人物でもあります。

今回は、松下洸平の生い立ちや家族についてまとめました!

松下洸平の家族構成

芸能人の実家・家族構成まとめ

家族家族情報
母親不明 (幼稚園の先生)
長男不明
次男松下洸平

テレビやブログなどでは、自身の家族について多く触れてきましたが、これまで父親と弟について話したことは全くありません。

なぜ松下洸平には「癖っ毛の父親」と「1つ年下の弟」がいるという噂が流れているのでしょうか。

「癖っ毛の父親」と「1つ年下の弟」の噂

家族構成で様々な噂が流れているのは、過去のブログでミュージカルの共演者を「弟」「パパ」と呼んだことが原因だと思われます。

2013年1月に投稿されたブログの記事には、「僕には1個下の弟がいて、この前久々に会ったよ!」とありました。

そして俳優の柿澤勇人との2ショット写真が公開されており、2人とも同じパーマヘアだったことから「柿澤氏が髪型をチェンジして気づいたら兄弟になっちゃった」としています。

 

更に文章は続き、「この僕らの髪はパパの遺伝で、パパは昔っから天パ」「昨日はパパにも会ったよ」と、公開された写真にはピアニストの朴勝哲が。

当時松下洸平が出演していたミュージカル『スリル・ミー』の共演者である柿澤勇人と朴勝哲が、同時期に自分と髪型が一緒だったことから、冗談で「弟」「パパ」と表現したようです。

この記事を見た人が、柿澤勇人を「1つ年下の弟」、朴勝哲を「癖っ毛の父親」と勘違いし、様々な家族構成が噂されていると思われます。

 

今まで松下洸平の口からは、母親と兄のエピソードしか語られてきていないことから、松下洸平は母親と兄の3人家族という説が有力ではないかと考えられます。

 

また松下洸平自身は、『スカーレット』で共演した戸田恵梨香や、SNSの写真で登場頻度が多いと言われている女優の音月桂と熱愛の噂がされてきました。

しかし現在までで結婚はしておらず独身です。

松下洸平の母親はボディービルダー?

松下洸平は、自身の母親が元ボディービルダーであることをテレビやブログで話題にしています。

母親は40代まで現役のボディービルダーで、東京都の大会ではチャンピオンになった経験もあるそうです。

 

子どものころの思い出として、「朝ご飯に、卵焼きとご飯とみそ汁とプロテインがでていた」と筋肉を意識した食事が並んでいたことも明かされています。

現在も母親からは定期的に、筋肉の発達に良いと言われているチーズやナッツ、卵が送られてくるのだとか。

 

松下洸平自身も、トレーニングや食事、筋肉について母親に相談することも多いそうです。

既に現役を引退した母親ですが、身体は現役時代とほとんど変わらない体型ということでした。

 

「元ボディービルダー」というインパクトある母親ですが、性格もたくましくてアクティブな女性のようです。

これまでの母親のエピソードとして、「突然母親が海外に一人旅に出て、マサイ族と一緒に撮った写真が送られてきて驚いた」というものもありました。

一般的な母親とは一味もふた味も違う、とても魅力的な母親のように感じます。

松下洸平の母親は油絵画家としても活躍?

松下洸平の母親は、油絵画家としても知られています。

実家には母親のアトリエもあるほどで、様々な場所で絵を教える講師をしているのだとか。

残念ながら母親の作品は公開されていませんが、幼少期から母親に絵を習っていた松下洸平の作品はテレビでも度々披露されています。

 

月替わりパーソナリティーを務めた『ZIP』では、共演者の枡太一と吉田沙保里に、色鉛筆で描いた似顔絵をプレゼントしていました。

あまりの腕前に共演者からは驚かれ、視聴者からは松下洸平のSNSに800件以上ものコメントが寄せられるなど、大きな反響を呼びました。

母親からの絵の指導が、とても本格的だったことがわかりますよね。

 

松下洸平の過去のブログでは、「(母親が)20年前に撮った僕らの写真を再現して絵を描きたいそう」ということで、「兄家族とともに里帰りした」と綴られていました。

幼少期に兄が松下洸平にプロレス技をかけている写真を真似て、再び大人の姿で全く同じポーズをしたのだとか。

遊び心ある母親の発想に、松下洸平も「自分もいつか結婚し、子どもが生まれたら同じことをしよう」と思ったそうです。

母親の本業は幼稚園の先生


ボディービルダー、油絵画家というとても特殊な経歴を持つ母親ですが、本業は幼稚園の先生だそうです。

2009年に松下洸平のブログで、「普段の母は幼稚園の先生で、子どもたちにも美術を教えている」と明かしていました。

また2020年12月に出演していた『おしゃれイズム』でも、「母親は幼稚園の先生をしている」と現在進行形で話していたので、少なくともそのころまでは現役で働いていたようです。

ボディービルダー、画家、幼稚園教諭など、様々な顔を持つ母親から受けた影響はとても大きかったことと思います。

松下洸平の父親は?

ブログやテレビでは母親の話が多く語られていますが、これまで父親とのエピソードは一切でてきていません。

過去のブログでは、「昔、母と兄と3人でNYに旅行に行った」「僕を(母親が)1人で育ててくれた」「いつか母親に親孝行がしたい」など、母子家庭で育ったと思われるような記事が多く存在しています。

家族とのエピソードをテレビで披露することが多い松下洸平が、ここまで父親に触れないということは、父親とは一緒に生活してきていないようにも捉えられます。

 

NYに母と兄で旅行に行った」と綴られている記事には、「またいつか3人で自由の女神を見に行って、家族で写真を撮りたい」という文章もあるので、「家族=母親と兄と松下洸平」と考えられますよね。

このことから松下洸平には父親はいないのではないかと思われます。

松下洸平の兄弟

松下洸平には2歳年上の、一般人の兄がいます。

2009年のブログ記事では、当時24歳の兄が結婚したことも明かされていました。

兄の結婚式では結婚のお祝いに、松下洸平が歌を作詞作曲して披露したこともあったそうで、兄弟仲がとても良いことがわかります。

 

2012年には兄に第一子となる女の子が誕生したことをブログで報告しており、生まれたての姪っ子の写真も公開されています。

兄に許可を撮る前に写真を公開してしまったようで、早くも姪っ子が可愛くてたまらない様子であることが伝わってきます。

記事によると姪っ子はうるう年の2月29日に誕生しており、「(今後は)28日と1日の間にお祝いすればいいのだよね?」と混乱しつつも嬉しさが溢れる内容になっていました。

松下洸平の生い立ち

松下洸平は東京都八王子で育ちました。

幼いころから母親の影響を受け、芸術に触れて育ってきたそうです。

松下洸平の幼少期

松下洸平は4歳のころから母親に絵を習い始めて、本格的に画家を目指していた時期がありました。

他にも母親や兄の影響で、R&Bやヒップホップを好んで聴いていたのだとか。

 

大人びた趣味をもつ落ち着いた子どもだったのかと思いきや、活発で子どもらしい幼少期を過ごしていたようです。

めちゃめちゃ活発で、外で遊ぶのが好き」「いつも跳ね回っていて、まっすぐ歩けないような子だったので、怪我も結構しました」とインタビューで明かしています。

また母親からは、「幼いころはすぐに迷子になっていた」とも明かされていました。

 

小学生のころには、家族旅行で行った南の島でイルカウォッチングをしたことがきっかけで「イルカウォッチングの人になる!」と夢見たこともあったそうです。

ダイバーやクルーの人たちがとても楽しそうにしていた姿が、幼いながらに印象的だったのだとか。

周囲からの刺激を受けて成長してきたことがわかりますよね。

松下洸平の中学時代


中学でも絵を続けており、中学2年生のころには『スターウォーズ』のキャラクター、ヨーダの絵を描きました。

SNSで当時の作品が公開されると、「言葉をなくす!」「何度見ても絵に見えないです」「写真だと思ったら絵なんてびっくり!」と、あまりのクオリティの高さに驚きのコメントが多く寄せられていました。

 

また、中学時代にはストリートダンスに目覚めます。

最近でもテレビやCMでダンスを披露することがありますが、普段の松下洸平の姿とのギャップがあまりにも大きいため、更に魅力にハマる人が続出しているようです。

絵だけでなくダンスもできるとなると、学生時代はとてもモテていたのではないかと思いますよね。

中学時代の恋愛事情

当時の恋愛では、少し苦い恋を経験していたことが判明しました。

バラエティ番組に出演した際、「中学1年生のころ、好きだった女の子の下駄箱にラブレターを入れたが、卒業まで返事がなかった」というエピソードを話しています。

健気に告白の返事を待ち続けたという、少し切ない中学時代だったようです。

 

しかしテレビに出演するようになった頃、当時好きだった女の子のアカウントからSNSでメッセージが届いたことが、後日談として明かされています。

何年もの時を経て「あのときの告白の返事が聞けるのか」と期待してメッセージを開いたところ、「彼女の母親からの応援メッセージだった」というオチでした。

結局、好きだった女の子からの返事は未だに聞けていないのだそうです。

松下洸平の高校時代

中学卒業後は都立片倉高校の造形美術コースに進学しました。

高校のそばにあるラーメン屋の『えびす丸』というお店が行きつけで、テレビでも青春時代の思い出の味として紹介されたこともあります。

また高校の同級生によると、松下洸平はとても熱い男だったそうで、「人のことでも涙が流せるような性格だった」と明かされています。

 

中学時代に始めたダンスも引き続き趣味としていましたが、高校にダンス部がなかったため、友人とともにダンス同好会を作ったそうです。

正式にダンス同好会の活動をスタートさせた後も、松下洸平が部長となってリーダーシップを発揮しました。

人生最大のモテ期

最初は友人と2人でダンス同好会の活動していましたが、2年生に進級したときに部活紹介のアピールの場で、多くの新入生の前でダンスを披露しました。

そして部活紹介の後日、なんと女子生徒が80人も入部希望をだしたのだとか。

ダンスに興味があるという理由もあったと思いますが、ほとんどの女子生徒が松下洸平目当てで入部したそうです。

部員の約9割が女子ということに驚きつつも、松下洸平は当時のことを「人生で最大のモテ期だった」と振り返っています。

 

しかしダンス同好会の練習内容があまりにも本格的だったため、最終的には20名ほどまで部員は減ってしまいました。

一方そのハードな練習の成果で、ダンス同好会が全国大会で2位の成績を収めたり、同好会出身者がプロのダンサーになるなど、部員たちは確かな力をつけていったようです。

 

自ら同好会を立ち上げて多くの新入生を勧誘し、部員たちのダンスのレベルアップにも成功するなど、成果を残していた松下洸平。

リーダーシップが高く評価されていたのかと思われましたが、実は部長の座を1か月でクビになってしまっていたのだとか。

 

今は真面目なイメージが強い松下洸平ですが、スケボーで校内を走り回ったり、編み込みのヘアスタイルをしていたり、制服を着ないで登校したりと意外にもヤンチャな一面があったようです。

こうした自由な振る舞いから部長はクビになっていますが、ダンスへの情熱は変わらず、放課後もダンスに明け暮れる日々を過ごしていました。

高校3年生のときに突然の進路変更

高校に進学しても絵を学び続けていました。

当時、都内の老人ホームに絵を教えに行っていた母親の都合がつかないときは、高校生の松下洸平が先生として絵を教えに行っていたそうです。

 

この頃には人に教えられるほどの実力をつけ、本格的に画家への道を意識しだしたときでもありました。

高校3年生の進路を決める時期になると、画家になるために美大への進学を決め、幼いころから絵を教えてきた母親も応援していました。

 

しかしこの時期に、ゴスペル映画『天使にラブソングを』を初めて観た松下洸平は大きな衝撃を受けます。

そして、映画を観た翌日には「画家の道は辞めて歌手になる!」と母親に告げました。

息子の突然の進路変更に、当たり前のように美大へ行くと思っていた母親はとても困惑しました。

歌手を真剣に目指すように


母親は突然「歌手になりたい」と息子から告げられるも、「小学校からの音楽の成績が特別良かったわけでもない息子の歌が、プロとして通用するものなのか」ととても思い悩んだそうです。

話し合っても松下洸平の歌手への思いは揺るがず、険悪な雰囲気の中、1週間以上母親と口を聞かないこともあったのだとか。

 

最終的に母親は妥協案として「何か資格を取得してからチャレンジしたらどうか」と提案します。

しかし松下洸平は「この若さで人生に保険をかけたくない」と言い切り、母親はそれ以上の説得を諦めたそうです。

そして母親は最後に1つだけ、「嫌いになるまでやること」と松下洸平に約束させました。

こうして4歳のころから夢見ていた画家ではなく、歌手を目指すようになったのでした。

松下洸平の専門学校時代

松下洸平は大学には進学せずに、音楽を学ぶために専門学校の東京ミュージックアンドメディアアーツ尚美(現在は尚美ミュージックカレッジ専門学校)のヴォーカル学科へ入学しました。

在学中には作詞作曲をするようになり、歌手になるための力をつけていきます。

 

また、音楽と同時に演技も学び、演技のワークショップでは女優の黒木華とともに学んだこともあったそうです。

2人は2015年に『オールフリー レモン&ライム』のCMで共演を果たしています。

専門学校卒業後に歌手デビュー

専門学校在学中に作詞作曲した曲が評価され、卒業と同時に歌手デビューが決まります。

2008年に専門学校を卒業した松下洸平は、歌いながら絵を描く「ペインティング・シンガーソングライター 洸平」として活動をスタートさせました。

 

しかし、スプレーで絵を描く際には換気が必要になってくるため、活動場所はデパートの屋上や小さな特設ステージなどの野外に限られてしまいました。

パフォーマンスを見た子どもたちが、絵を自由に描けると勘違いして、歌唱中に舞台に上がってきてしまうことも。

絵を描きながら歌うという特殊なスタイルだったことで、苦労も多かったそうです。

 

また、インディーズ活動をせずにデビューしたため、当時はファンがほとんどいませんでした。

そのためCDの売れ行きもよくなかったといいます。

歌手から俳優に

子ども番組『Beポンキッキ』の挿入歌に自身の曲が採用されたこともありましたが、ミュージシャンとして思うように花開かず、松下洸平は途方に暮れていました。

そんなときにミュージカルのオーディションの話が舞い込みます。

役者になるつもりはありませんでしたが、軽い気持ちでオーディションに参加することにしました。

 

予想外にもミュージカルのオーディションに見事合格しました。

そして初めて舞台に立ったときに「こんなに楽しい仕事があったなんて」と演技に目覚めます。

また舞台に立ちたい」と思うようになり、2010年に音楽活動を一時休止して、本格的に俳優活動をスタートさせました。

俳優に転身して9年後に朝ドラ出演

その後も舞台やミュージカルを中心に出演を重ねていきましたが、なかなか軌道に乗ることができなかったそうです。

テレビドラマにも挑戦しましたが、俳優としての手ごたえは感じられませんでした。

俳優に転身してから9年が経つもオーディションに落選する日々で、「縁がなかったのかな」と思うようになりました。

 

俳優としての活動を半ば諦めていたころ、2019年度の朝ドラ『スカーレット』のオーディションに見事合格。

戸田恵梨香演じるヒロインの夫という重要な役どころで、多くの人が松下洸平の繊細な演技に魅了されました。

当時ほとんど無名だった松下洸平ですが、このスカーレットへの出演を機にあっという間に人気俳優に仲間入りします。

スカーレット出演を機に人気殺到

スカーレット出演後はドラマへのオファーが殺到し、次々と話題作への出演が決まっていきました。

ベテラン俳優の中にいても存在感を放ち、主役と肩を並べる役柄を演じることが多いため、ドラマのキーパーソンとしても注目されています。

今でもドラマ放送後は松下洸平の名前がSNSでトレンドにあがるなど、まだまだ松下洸平の快進撃は止まりません。

 

そして俳優として順調に活動する中、2020年には一時休止していた音楽活動も再始動。

番組やCMによっては歌やダンスを披露し、絵の作品も度々SNSで公開されています。

他にも料理上手でピアノも弾くことができることでも知られており、あまりの多才ぶりに世間からは更なる人気を集めています。

唯一の欠点も好評

爽やかなルックスと優しく穏やかな性格、多くの才能で欠点などないように思えますが、最近では意外にも球技が全くできないことがバラエティ番組で発覚しました。

出演した番組ではボーリングやテニスを披露し、奇声をあげながらおかしな動きをする残念な姿も。

SNSでは「愛すべきポンコツ」「あんなに多才なのに球技だけできないのが面白い」「可愛すぎてお腹痛い」と、松下洸平の唯一の欠点も、ファンにとっては喜ばれる材料となりました。

まだまだ隠れた魅力や才能で、これからもファンを魅了していくのではないでしょうか。

松下洸平のプロフィール

芸能人の実家・家族構成まとめ

  • 本名:松下 洸平(まつした こうへい)
  • 生年月日:1987年3月6日(36歳)
  • 出身地:東京都八王子市
  • 最終学歴:尚美ミュージックカレッジ専門学校
  • 身長:175㎝
  • 血液型:A型
  • 所属事務所:キューブ

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